2019.4.29 嶋の大ばあちゃん(2)

退院後、毎月1回 私の外来を受診され、その後も調子の良いことを報告してもらった。『 なんで私は、心筋梗塞になったんやろ? 半年前に主人が亡くなったことが影響してるのかな?』 確かに、血圧が高いわけでもなく、コレステロールが高いわけでもなく、糖尿病があるわけでもない。『 多少、影響してるかもしれませんね 』。『 私の主人はな、凄い人やったんや。佐賀藩の鍋島家の末枝なんや。侯爵(公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵という区別のある華族)なので、私とは身分が違うんや。私は武家の出なので身分は下。夫婦別姓です。私は鍋島でなく嶋のままなんや。主人は、天皇家にしばしば呼ばれることもあったし、それは凄い人や。佐賀の自宅前まで鉄道(鍋島鉄道)を引いてたけど、この前、JRに寄付した。感謝状だけもらったな』。 今般、キャリアウーマンが夫婦別姓を認めるようにと運動を起こしているが、桁違いのこの人たちは既に夫婦別姓で生活をされている。こんな話が、入院中や外来でバンバン聞かされた私は腰を抜かしそうになり、これまで関わったことのない非常に貴重な世界を味わせてもらうことになった。もはや、医師と患者といった関係でなく、私なりに凄く興味をもった世界をどんどん大きくしてくれた嶋さんだった。『 嶋さん、日ごろは健康診断でも受けてましたか?』。『 毎月、芦屋病院から自宅に採血などしにきてくれる。特に異常は言われたことはなかった。私ら5人ほどで寄付して芦屋市民病院を綺麗に建て替えさせた。折角住んでいる街の病院が立派でないと。芦屋の住人は殆ど市民病院なんか行かないのよ。神戸市内の立派な病院に通ってるわ。淋しいよね 』。 どおりで、入院時に芦屋市長や市民病院長などが駆け付けたわけだ。嶋さんはメゾネットタイプの分譲マンションにご主人と住んでられた。分譲なのに管理費が月20万円と当時、寝ずの当直、休みの無い土日出勤、終わりのない日常勤務の全ての手当を足しても年収600万円に満たない嘱託医(非正規職員)の私からは驚きばかりであった。隣には清少納言の末枝の村山さん?が住んでおられ、まさに近くにある別世界であった。『 あの日、胸が痛くなったとき芦屋病院は大騒ぎ。国立循環器病センターに搬送しようか、阪大病院に搬送しようかと。しかし、誰かが、近くに循環器の立派な病院があるやないかと言って、あんたのところに運ばれたんや 』。『 あんたは給料安いんやろ!?』 と言っては、毎回私の外来の終わりごろに受診され、病院(関西労災)の屋上でエビフライやハンバーグなどの定食をご馳走になった(今ではありえない話ですね)。嶋さんからしてみれば私が孫のような存在だったのか、いろいろ気にしてもらい、新婚間がない私ども夫婦をご自宅に招いてくれたり、食事会に誘っていただいたりと関係が拡がっていった。平成5年7月、阪大医局より民間病院の心臓カテーテル治療の立て直しを依頼され、関西労災病院より転勤。1ヶ月で前年1年分の症例数をこなし8ヶ月後に古巣の大阪労災病院にカテーテル室の室長(やっと正規職員)で戻ってくることになった。この間も、嶋さんは月1回、私の勤務する病院に定期通院され、平成13年に開業してからもクリニックに通院された。・・・ (つづく)